2012年4月3日火曜日

巣立ちビナ対応マニュアル(改)その2


(前の発言からの続き)

Q.雨の中にうずくまっているのを保護したが、どうすればよいか……


A.雨の中でうずくまっていたとしても、それですぐに致命的かどうかの判断は難しい。というのは、多くの鳥は、雨にうたれたまま雨をやり過ごしているからだ。だから、その巣立ちビナにとっても、雨は日常的なことに過ぎないのかもしれない。いずれにせよ、巣立ちビナを親から引き離すことこそ致命的なので、すぐに元の場所に戻し(たとえ雨の中でも)、親鳥に任せる以外に助ける方法は
ない。ところで、鳥の羽の表面は油分でコートされており、雨をはじくようにできている。それを人間が手で触ってしまうと、羽毛の中まで濡らされて体が冷え、特に巣立ちビナの場合致命的になることが多い。雨に濡れている鳥に触ってはいけない。したがってこの場合、その鳥が濡れている状態のまま手で触ってしまい、まだ乾いていないようなら、まず部屋を暖めて鳥の体の濡れを乾かした方がよい。その上で、雨がまだ降っているなら、手で触らないように箱などにいれて運び、元の場所に戻す(もちろん箱を開けて、手で触らないように雨の中に放す)。元の場所に、木の下など雨宿りできそうなところがあれば、そこに放した方がよいかもしれない。


Q.失神しているが……

A.絶対安静にし、回復を待つ。そのうえで、
1)巣立ちビナなら、元の発見場所に戻す。
2)若鳥や成鳥なら、できるだけ元の発見場所かその近くで放す。また、安静中は、水や食べ物を絶対与えないこと(死んでしまうことがある)。他の人にいじられないよう、段ボール箱などに入れておく。なお、小さな鳥は死ぬと急激に体温が失われ、冷たくなる。まだ温かい場合は生きている可能性が高いので、土に埋めたりしないように。


Q.巣立ちビナを保護したので、それなりの施設に預けるか、緑が豊富にあるところに放したいが……

A.親鳥がいなければ巣立ちビナは生きていけないので、施設に預けても緑が豊富なところに放しても、助からない。元の発見場所に戻す以外に助ける方法はない。


Q.既に2~3日以上巣立ちビナの面倒を見ている。元の場所に戻して大丈夫か……
Q.何日くらいなら、親鳥から離しても大丈夫なのか……

A.巣立ちビナを親鳥から引き離した場合、大丈夫ということはないが、何日くらいなら致命的にならないかは鳥の種類や成長の度合いによって異なる。したがって一概には言えないが、小鳥類の場合の経験則として、2~3日ならまず親鳥がなんとかできるだろう。また、1週間以内なら助かる可能性が何割かある。問題は、それ以上親鳥から引き離してしまった場合だが、最悪の結果(=死)か、万一生き長らえても繁殖できない可能性がある。それは、親鳥から引き離してしまったことが原因であり、もはや取り返しはつかない。なお、野鳥を飼うことは「鳥獣保護及ビ狩猟ニ関スル法律」で禁止されていることも付け加えておく。


Q.しばらく(1ヵ月以上)巣立ちビナの面倒を見てきたが、これ以上面倒を見続けるのは大変。なんとかならないか……

A.なんともならない。元の場所に戻しても、親鳥が面倒を見てくれる可能性は奇跡が起きない限りないだろう。動物園に持って行けば引き取ってくれて、他の動物の餌になるか、一生金網のなかで生き長らえるかもしれない。都道府県の鳥獣保護員に引き取ってもらう方法もあるが、動物園に持って行った場合と同じ結果になるか、どこかの自然の中に放されてしまうかだろう。もちろん、自分で自然の中に放すという方法もある。自然の中に放すと言えば聞こえはいいが、待っているのは死、という確率がきわめて高い。


Q.巣立ちビナを人間が育てることはできないのか。テレビでは、巣立ちビナを拾ってきて育てている人の話題を、ときどき放送しているが……

A.あまり言いたくはないが、人間でも育てられそうな鳥の種類がいることは確か。特に、地上に巣を造る種類の中には早成性といって、ヒナが卵からかえってすぐ歩けたり、自分で食料を採ることができるものもいる。しかし、このような鳥はふつう人間に捕まらないので、問題は起こらない。一般の人が手を出すのは晩成性の種類のもので、これは巣立ちしても充分飛べないし、食料を自分で採ることもできない。これを野生で生きていけるよう人間が育てるのは、そうとう難しい。仮にどんなにうまくても、その鳥の親にはかなわないだろう。また、親鳥がいるのに人間が育てる必要はないし、その権利もない。だから私は「巣立ちビナを人間が育てることはできない」と言っている。一般の人が保護(実は誘拐)して育てようとするのを、人間には巣立ちビナは育てられないよと言って、変な気を起こすのを防止しようというわけだ。もしあなたが巣立ちビナだったら、親から引き離されたときどう思うか。あるいは、あなたの幼い息子や娘が誰かに連れ去られてしまったら……。よく考えて欲しい。


Q.巣立ちは、自立ではないのか……

A.巣立ちは、親からの自立ではない。巣立ちビナは、巣立ち後数週間~数カ月以上親に養われる。その期間に親から、

1)飛び方……ということは、今はまだうまく飛べない
2)食料の採り方……ということは、今はまだひとりで食べ物をとれない。だから、親が巣立ちビナ
の分も食料を探しに行く
3)敵からの逃げ方……ということは、敵(や人間)に簡単に捕まってしまう
4)仲間とのコミュニケーション方法……ということは、これを身につけないまま成長しても繁殖できない可能性が高い

などの実地訓練を受けて、やがて自立する。巣立ちは自立の前段階に過ぎない。


Q.巣から落ちたと思われる、まだ黄色い産毛の残る小さなキジバトのヒナを保護して篭に入れ2週間。親鳥が毎日餌を与え続けて大きくなり、ようやくヒナが自分で食べ物(穀類など)をついばむようになった。親鳥は、もう餌は与えなくなったが、ときおり姿を見せる。そろそろ放鳥してもよいか……

A.巣立ちビナは、巣立ち後数週間~数カ月以上親の養護下にある。そのうち、親鳥から食べ物の大部分をもらう期間は、小鳥類で1週間~1カ月前後で、キジバトでは2週間ほどだ。これは、自然界でヒナが巣立ってから自分で食料を採れるようになるまでの期間、に相当するようだ。もちろん、自分で食料を採れると言っても、親の養護下での話だが。したがって、この時期を過ぎると親鳥はわが子に食べ物をやらなくなる。
このようなことから推察すると、そのキジバトのヒナは既に巣立ったものだったと思われる。大きさが親鳥よりも小さいことや黄色い産毛が残っていることを理由に、巣から落ちたと早合点する人が多いが、キジバトに限らず、ほとんどの巣立ちビナは親鳥よりかなり小さいし、産毛がはっきり残っているものも多い。  親鳥がわが子に食べ物を与えに来ているのに、その子を篭に閉じこめておく人は、それが誤って巣から落ちたヒナだと勘違いしているわけだ。また、わが子に食べ物を与えなくなっても親鳥がやってくるのは、様子をただ見に(確認に)来ているのではない。親鳥は、わが子が厳しい自然のなかで生きてゆけるようどうしても実地訓練しなければならないから、怖い人間がそばにいるにもかかわらず姿を見せたの
だ。
このようなケースは、巣立ちビナを親鳥から引き離したものではないが、篭に閉じ込めて実地訓練の機会を奪っており、放鳥しても外敵の多い自然のなかで生きていけるかどうかはわからない。しかし、まだ親鳥がときおり姿を見せていることだし、このままではさらに事態を悪化させるので、直ちに篭から放した方がよい。篭に閉じこめて、実地訓練の機会を奪ってはいけない。


Q.巣立ちビナではないが、傷ついた野鳥を保護した。どうすればよいか……

A.傷ついた野鳥を治療できるのは獣医さんなので、それを探す以外に対応策はないと思われるが、その前に、考えなければいけないことが3つある。
1つは、何が原因で傷ついたのかということ。人為によるものなら、何とかした方がよい。しかし人為でないなら、「人間は手を出すべきではない」と考える人も多い。人間が手を出せば生態系を乱すからだ。自然の中では、傷ついた野鳥は捕食者の貴重な食料となる確率が高い。
2つめは、傷ついた野鳥を捕まえようとして、余計に傷つけて致命傷としていないかということ。例えば、保護しようとしてさんざん追いかけ回し症状を悪化させる、手でつかもうとして翼の骨を折る、捕まえた後無理矢理食料を与えて死に至らしめる、などだ。
最後に、傷ついた野鳥を保護してどうしたいのかということ。はじめに述べたように、獣医さんに治療してもらって自然に戻したいのか、それとも行政(鳥獣保護員や鳥獣保護センターなど)かどこかの施設(動物園や自然観察施設など)に引き取ってもらいたいのか、自分で手当をしたいのか、またできるのか、これによって答は違ってくる。なお、野鳥を飼うことは「鳥獣保護及ビ狩猟ニ関スル法律」で禁止されている。

したがって、対応策は次のようになる
1)獣医さんを探す(電話帳で調べられる)
2)行政に連絡する
全国の都道府県には、非常勤職員として鳥獣保護員が置かれている。昭和38年に制度として創設されたもので、所轄は、鳥獣保護係またはそれに相当する部署。別に、鳥獣保護センターが設置されている場合もある。都道府県庁に電話すればつないでくれる。
参考までに、首都圏の担当部署は次のとおり

東京都庁労働経済局林務課鳥獣保護係電話03-5320-4859
東京都北多摩経済事務所農務部林務課電話0423-64-2281(内527)
埼玉県庁自然保護課鳥獣保護係電話048-824-2111
千葉県庁自然保護課動物保護係電話0472-23-2971
神奈川県自然保護課鳥獣保護係電話045-201-1111

3)どこかの施設(動物園など)で引き取ってもらう
なお、自然観察関連の施設では、人間が手を出して生態系を乱すべきでないと考える職員が多いので、人為でなく傷ついたものを持ち込むととても嫌がられることが多い。
4)自分で手当をする(それなりの知識と技術と手間が必要)
5)元の場所に戻す


●おわりに……

「飛べない小鳥を保護したので、そちらで引き取ってもらえないか」
全国の野鳥保護関係の団体や施設には春から秋口まで、「(誰かによって)保護された鳥」の持ち込みや電話での問い合わせが相次ぐ。これらの鳥は、人間に保護されたというより、誘拐されて親鳥から引き離された「巣立ちビナ」であるケースがきわめて多い。つまり、飛べない巣立ちビナを助けようとする善意がその場から連れ去る行為となり、結果的に命を奪う。あるいは野生に戻れなくする。日本中の最前線で野鳥保護に携わる者を毎年悩ませる、「巣立ちビナ問題」なのだ。
このような悲劇を生み出す直接の原因は、(親鳥のもとから)巣立ちビナを連れ去ることにある。しかしその背景として、巣立ちと巣立ちビナに関する正しい知識がほとんど普及していないことがあげられる。むしろ、「食べ物は何がいい」「親鳥がそばにいる」「巣に戻せ」など、不適切な対処法が紹介されている。そのことを何とかしたくて、このマニュアルを書いた。
ところで、巣立ちビナを連れ去る側の人は、純粋に助けたいという気持ちの持ち主だけではないようだ。「幼くて可愛いから、触りたい世話したい自分のものにしたい(でももう面倒になった)」とか、「せっかく自分が保護したのに、元の場所に戻したら自分の行為が余計なことになってしまう。なんとしてもどこかの施設に預けたい」という、鳥の命よりも自分の感情や面子を優先させる人も、ごく小数ながらいるように思われる。このような人への対応は、どうすればよいのだろう。いくら説明しても納得してもらえず、ついには相手が感情的になったとき、トラブルにならないように鳥を見殺しにして引き取るのか、それとも、鳥を救うために「元の場所に戻してくれ」ともう一度言うのか。あなたなら、どちらを選ぶだろうか。

「人間に捕まるような個体には、厳しい自然界で生きる力はない」という考えもある。しかし、たとえ自然のなかでは生きていけないにしろ、それを決めるのは自然であって、人間ではないと思うのだが……。


              著者佐々木勉(1995)無断転載を禁ず
                    Copyright Tsutomu Sasaki 1995
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●イヅムCXによる付記

この「巣立ちビナ対応マニュアル」は、旧FBIRDの「お知らせ」に登録されていたものとまったく同じものです。当マニュアルを執筆された佐々木勉さんは今年(1998年)の1月末に日本野鳥の会を退職され、その後はフリーランサーとして活動される予定だったのですが、同年2月末に体調を崩され緊急入院、3月2日に急逝されました。

その後、当マニュアルの転載条件などについてご遺族である奥さんと協議した結果、しばらくはケンタザウルスさん(NBE00411)と私(イヅムCX)による共同管理とさせていただくことになりました。支部報やミニコミ誌、ホームページなどへ転載を希望される方は、イヅムCX宛てにお問い合わせください。

※※イヅムCX(塩川泉)【Komae,Tokyo [PowerMac 8500/120+G3/233]】※※
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